A heady tale

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6/20~6/24

・前に更新してからもう5日も経ったとか信じられない。超高速で日々が過ぎてゆく。
働くって恐ろしいな。

・租税法だけは猛烈に勉強しているが、それ以外は全く勉強していない。

・批評は、長くなりがちだし、我ながらちょっとうっとうしい感じになっている
ので(でも書くけど)、折りたたみ式にすることにした。

・【アニメ】「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」
ついに最終回を迎えた。ノイタミナ枠。全11回。傑作。

「感傷」が渦になって、否応なくそれに飲まれるしかない。
感傷の海の底の底に。その流れに抗うことはできず、
身を任せるしかない。ただ泣くしかない。
一体何に対して泣くのか?
失われたものに、だ。

めんまは、「失われてしまったもの」の象徴である。

失われてしまっためんまは、ある日、ぼくの前に現れる。
「私を忘れないでね」という。

そして、忘れてしまっていたことに、失われてしまったことに気付く。

それが、感傷なのだ。

感傷とは、失われてしまってもう戻らないものを想う気持ちをいうのだ。

主人公達は、もう戻らないはずのものを取り戻そうとする。
そして、それぞれの「清算」を経て、「失われてしまったもの」を失うことになる。
つまり、感傷となった対象を再び取り戻す。
そんな奇跡のように幸せな話を観ながら、どうして、泣かなくてはならないのか。

それは、テレビを消したとたん、失われて戻らないものを意識せざるを得ないからだ。
いま僕が生きている現実では、あれも、これも、それも、どれも戻らない。
取り戻しようがない。だから泣くしかない。

そうして散々泣いた後に、ふと気付くのだ。
失われたものを想って泣くことは、なぜか、すこしあたたかい。


めんま、みーつけたっ!!
――「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」11話

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