A heady tale

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論証論

論証について、長々と書いたのにぶっ飛んでしまった。
もう一度再現する気力はないので、エッセンスを(それでも長いけど)。

・基本的な論証を記憶するのは必要。それは「定義」を覚えるのと同じ。
・しかし、そこに、「コピペ精神」がわずかでも入り込んではいけない。
・論証は、常に、趣旨や本質に還元されつつ作られなければならない。
・なぜなら、本試験では覚えた論証をそのまま使える場面は(科目によるが)極めて
限られるからである。
・コピペ精神を排除しつつ論証を覚えないと、論証を覚えることの弊害(思考停止)のほうが
大きいのではないか。

※「コピペ精神」とは、表現の自由が問題になるときはいつも同じ表現の自由の論証を
 書いちゃうような、アレのことである。

一例を挙げると、
「外国人に指紋押捺を強制されない自由はあるか」
という論点がある。
これを判示した判例が、試験ででる可能性は限りなくゼロである。
すでに外国人は指紋押捺を強制されてないからだ。
最判は、外国人は指紋押捺を強制されない自由を有する、と判示したが、この結論と
理由を論証化して記憶しても、それが発揮される場面はないだろう。
仮にこれを論証化するなら、そもそもなぜ外国人は権利が制限されうるのか、
制限できるとしたらどんな権利か、それはなぜか、それらとの関係で、指紋押捺の強制
というのはどういう位置づけなのか、そういうことにしつこいくらいに引きつけて論証化し
なくてはならない。そうじゃないと、「論点」をつぶせても、わかったことにはならないからだ。

これは、春休みに基本書を通読して、分かった気になっていた自分自身の反省が
もとになっている。論点は潰れていくが、つい論点を潰すことに必死になってしまうのだ。
汎用性のある形で、論点は潰さないといけない。
逆に言えば、そういうことを自覚して論証化するなら、論証化には意味がある。

言うまでもないが、この論証論はよんとおの論証論を批判するものではなく、
補足するものである。彼にとっては、当たり前すぎて書く必要もないことを、あえて書いた
だけかも知れないが。

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コメント


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なんか、書簡のやり取りをしてるみたいで面白いね(笑)

基本的に全部同感です。
外国人の指紋押捺を挙げたあたりが、具体例として非常に適切で分かりやすかった。

よく、憲法の成績が悪い(とか単位がとれない)というのを聞くけど、そういうのは、「およそ表現の自由は自己統治と自己実現の観点から…」みたいなことばっかり書いてる人が多いみたいね。
まぁ、そういう人の成績が悪いのは、論証を吐き出しているからなのか、それともその後の規範の具体化、事実の評価・あてはめができてないからなのかは、よくわからんところですが。

長文が消えてしまったのが残念至極。
また何か思い付いたら書いて下さいまし。

よんとお | URL | 2009年05月09日(Sat)01:09 [EDIT]


保存されてないと判明したときはほんとずっこけたよ。

論証が効くのは
刑法>民訴>刑訴>会社>民法>行政>憲法
みたいな順だとおもうので、憲法で論証コピペは愚の骨頂だと思うよ。どこまで権利に取り込むかってのがまさに重要だというのに。

なんかこのやりとりは、ブログの有益な使い方、って感じで楽しかった。

hacoma | URL | 2009年05月09日(Sat)01:59 [EDIT]


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